明けないよると沈まぬたいよう 3
ひらり、ひらりと舞う黒揚羽。
優雅でいて、どことなくグロテスクなその姿は現世との橋渡し役に似つかわしい。
音も無く羽ばたき、夜の闇に紛れる。
何処から来て、何処へ向かうのか、それすらも風任せに。
枷の無い自由な姿が羨ましく、同時に嫉ましくも思う。
「座軸の修正は無し・・・・・案内ご苦労」
そっと腕を伸ばすと、指先に一羽、黒き蝶が舞い降りた。
夜の街にふわりと舞う死覇装。
己の姿が周囲を漂う蝶に似た優雅さを持つことなど知らぬ侭、死神は地に降り立った。
「成程、魄動が混沌としている・・・・探るのは無理だな」
虚の出現地に発生する、魄動のリズム。常ならば、それを捕えることは造作も無い。
だが、今は。否、この町はどこかおかしい。
強い磁場の所為で方位磁石が狂うように、霊感が上手く働けないでいる。
これほどまでに高密度の霊場は尸魂界にもそうあるものでは無い。
ともあれ、何もしないで居ては事は進まぬ。
一層気を引き締めては先任の死神からの交信が途絶えた地点へと向かった。
見上げた夜空には、刃物のように鋭い三日月。
朧に雲のかかったそれは、先刻出会ったあの男を思い出させる。
「市丸、ギン・・・・・・・」
八つ当たりをしてしまったか、と少し省みた。その時の己の態度を。
知っていた。
あらぬ噂がたっていることなど。
身体で今の地位を買った売女だ、などと嘯く者もいた。
それを訂正せず、放置していたのだから己にも責は有る、と。冷静になった今ならば思える。
ならば、何故。
何故、あの時、あんな態度を取ってしまったのか。
月を見上げ、思いを馳せる。
目だ。
あの目に、胸の内を見通されているような気がして。
浅ましい想いを。
噂と何ら変わりない、尊敬以外の感情を隊長に抱いている自分を。
届かない想い。届かなくてもいいと言い聞かせて。
・・・・・側に居られるだけで満足だと、言い聞かせて。
本当は、全然、満足して無いくせに。
朽木白哉が、欲しくて仕方ないくせに。
そんな、口に出来ない思いを全部見透かされている気がした。
だから、隠したのだ。
彼の眼から、己の心を。見透かされないように、壁を巡らせて。
隠し遂せたかどうかは、判らないけれど。
「不甲斐無い」
知られるのが怖いだなどと、何と言う弱さ。脆さ。
隠し通さねばならぬ、恋心。
明るみに出れば、もう側に居ることすら、適わない。
だから、夜よ、
この想いに闇の帳を下ろし、いっそのこと葬ってはくれまいか。
無駄なことと思いつつも、願わずにはいられなかった。
忘れる方法。朽木白哉を想わずにいられる術。
この身を果てさせる他に良い手段を思いつけない。愚かだ。この上なく、愚かだ。
いっそ死んでしまってもいいなどと思うなど。
「お邪魔します、六番隊長さん」
「・・・・・何か御用でも?」
陽は傾き、模様硝子も朱の光を落とす。
黄昏。
影が覆い、相手の顔の見えぬ刻。
化かしあいには、丁度ええなぁ。
くすり、と小さく笑いが漏れた。
「せやな、アンタにとっちゃ大した用とちゃうかもな。ボクにとっちゃ大事な用なんやけど」
「・・・・失礼だが、何を言いたいのか?」
「んじゃ単刀直入にいかせてもらいます。アンタ彼女の何なん?あの子の事どう思てんの?」
切り込む時は一瞬で懐に。剣戟の鉄則に則っての第一撃。
さて、反撃は?
「彼女とは?」
「アンタの副官、の事。あ、タダの上司・部下や、言うても信じへんからね」
一撃目はかわされた。
けれど、これ以上は逃がさない。
「兄に話す必要は無い」
「なんやねん、冷たいなァ」
知らぬ、存ぜぬ、無視を決め込むなら、それも良い。
「なら、ボクが横から攫ってっても、文句は言いっこなしやで?」
六番隊長の顔色は変わらない。
否、変わっていたとしてもこの夕陽の中では変化など見えよう筈も無い。
返答は無い。聞く気も無い。
宣戦布告は、ちゃぁんとしましたよって、手加減無用でいかせてもらいましょか。
部屋を後にする後姿は、明らかに楽しんでいた。
残された六番隊長は不機嫌そうに眉根を寄せ、朱の光を注ぐ飾り窓を見た。
文様はそれ自体が影絵のようで、美しかった。
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