疲れちゃったな。
背伸びし続けて、肩肘張って、走って走って。
もう、くたくた。だから、バイバイ。
明けないよると沈まぬたいよう
黒い装束、裾翻し。歩く様は颯爽と。
伸ばした背筋、下がり気味の右肩、腰に下がるは一振りの剣。
模範的で一分の隙も無い死神像。それを絵に描けば彼女の姿となるだろう。
「お疲れ様です、副隊長」
「あぁ、お疲れ様」
ほんの少し緩めた頬。けれどそこには女性らしい甘さや柔らかさは微塵も無く。
あるのは、武人然とした硬質感。
言葉交わした下働きの少女は頬を朱に染め、足早に。
その様子を不可解に思いながらも、彼女は冷たい廊下を足早に進む。
『六』の印掲げる一室。その向こうに居るであろう上司の許へ。
其処が近づくにつれ、重くなる足取り。
否、重さを増すのは心。
個人的感情で公務に支障を来すなど、あってはならない事だというのに。
胸の内では、密かに喜んでいた。
隊長直々の呼び出しなど、そうある事ではない。
嬉しかった。彼に・・・・・・・・朽木白哉に会えることが。単純に。
けれど同時に愚かしくも思う。
なぜなら、六番隊隊長が求めるものは職務を忠実にこなす部下。
という名の個人が必要とされている訳では無い。
そう、朽木隊長が必要としているのは、私個人では無い。
何度も何度も、自分自身に言い聞かせるように頭の中で繰り返し、繰り返し。
けれど、喩え『死神』としてでも・・・・・・・・・・・使い勝手の良い道具としてでも彼に必要とされて居たい。
その想いを捨てられず、泥沼に踏み込んでゆくのを止められぬ侭に。
不甲斐無い、思えど心は裏腹に。
止まらぬは慕情。不必要な感情。知れども自らの手で捨てる事は叶わぬ。
馬鹿馬鹿しい。なんと愚かな生き物か。
余りの愚かさに、涙が出そうになる。
拳を握り締め、唇を噛み俯いて、ともすれば零れ落ちようとする其れを塞き止めた。
泣いて、何が変わるわけでもない。
これ以上、己の弱さを見たくは無かった。
自分が、只の『女』である事を、認めたくは無かった。
「なんで、そないな顔してはるん?」
「っ!」
涙腺を刺激する感情を抑えるのに躍起になっていた為か、は接近してきた気配に全く反応する事が出来なかった。
尤も、それは彼女の落ち度ではないのかもしれない。
正面からやってきた黒装束、死覇装の男は尸魂界でも指折りの実力者。
数少ない隊長の格を冠せられる者。
「・・・・・・市丸三番隊長殿」
「こんちは、六番隊の副隊長さん。何や元気あらへんね」
飄々とした口調。感情の読めぬ顔。自然体のようで居て、隙の見えぬ身のこなし。
小さく一礼し、は意識を切り替える。という個人から六番隊副隊長という肩書きを持つ人間へと。
「朽木隊長に、御用ですか」
「別に、用なんてあらへんよ」
「ですが・・・・・」
この廊下の突き当たり、三番隊長がやってき先には六番隊の詰め所があるばかり。
用が無いなど、不自然だ。
そもそも隊長職にある者達は馴れ合い、群れる事を嫌う。
隊の間に交流などという心温まるものは存在しなかった。
否、存在する必要性がないのだから、それは必然であろう。
「ボクがココに居るのに、理由が必要なん?」
「・・・・・出すぎた事を申しました。お許し下さい」
「気にせんでええよ」
は正直なところ、この三番隊長が苦手だった。
高圧的な態度を取ったと思えば、すぐ次の瞬間には柔和な笑みを浮かべ、
場を和ますような雰囲気を纏いながらも、全てを見透かすような視線で人を射る。
酷く落ち着かない。
会話らしい会話をするのは初めてだが、薄らと抱いていた苦手意識は実体を以って圧し掛かってきた。
「先を急ぎますので、御前失礼致します」
早々にこの場を辞してしまいたかった。
彼の存在は心を掻き乱す。
不安・・・・・・・・・・・・・・・・むしろ恐怖に近い感情が押し寄せる。
「あ、ちょお待って」
けれど、
進路を塞ぐように立ちはだかるのは、揃いの黒い装束。
「なぁ、一つ教えてや」
「私にお答え出来る事ならば」
「アンタ、六番隊長さんとイイ仲って噂ホントなん?」
「・・・・・・・それは、朽木隊長に対する侮辱と受け取って宜しいのでしょうか?」
「そない堅く考えんといて。是か否か、どっちか教えてくれたってええやん」
何を考えているのか読み取れぬ表情に、平常心を保てとギリと拳を握り締めた。
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