突然の大きな音に寝台から身体を起こした。ビービーと煩く鳴り響く警報音。
部屋の中には何かが焼けた匂いが充満していたが煙はなく、呆然と部屋の隅に
立ちすくんだJr.の足元に黒く焼け焦げた塊が見えた。
爛れた薔薇
『失礼致します、保安部の者ですが』
「あぁ、心配は要らない。子供が少々火遊びをしたようだ。手間をかけたな」
電話が鳴る音にも、交わされる会話にも、Jr.は何の反応も返さなかった。
否、まるで全ての音が聴こえていないかのようだ。
無音の世界にひとり取り残されている。そんな表現がしっくりとくる。断絶された
世界。彼はその中にいる。
「Jr.」
受話器を置いて呼びかけた。
反応は無かった。声が届かないのか。この、ほんの数歩かの距離しかない、この狭間に
大きな隔たりがあるのだとでも言いたいのか。
「Jr.、どうした?」
近づいて肩に手を置いた。それで、ようやくJr.は我に返ったかのようにびくりと肩を
震わせて、ゆっくりと振り向いた。
「おう、ガイナン。どうかしたか?」
「それはこちらの科白だ」
Jr.の足元にある黒いものが、恐らくこの焦げ臭い匂いの源だろう。すっかり炭化した
何か。おぼろげに残ったシルエットは植物のようだ。茎だった部分がかろうじて原型
を保っている。
「あぁ、これか・・・・思ったより燃えなかったんだ」
「薔薇、か?」
窓際に置かれた空の花瓶がぽっかりと口を空けている。朝、見かけたときには深紅の
薔薇が生けられていたはずだ。(Jr.の髪の色に似ていると)
「真っ赤な、さ。火みたいな色してんだからさ、もっと景気良く燃えりゃいいのに」
「おいおい、物騒だな」
いつもと同じ喋り方。けれどどこか覇気の無い声が『違う』と教えてくれる。
いつもと同じように振る舞って、何事も無いよう装おうとしているにすぎない。元来、
嘘やごまかしが下手なのだ。
何かしら、胸に抱えるものがあって。
それをどう処理していいのか分からずに。自分でもわけのわからないままに奇行に走る。
それが今回は火遊びという形で発露したのだろう。
「オレに火つけてみたって、やっぱ上手に燃えらんねぇのかな」
不安定な精神。
それを支えるには足りない、脆い心。決して弱いわけではない。強さだって持っている。
硬い金属と同じだ。強すぎるからしならない。少しの衝撃で容易く傷つく。
崩れれば、己の鋭さで自らを傷つける。
「燃えてどうする?」
「いや、同じ燃えるなら潔く燃えカスになりてぇなぁ、って」
だからこそ美しいと思うのだろう。心が引き寄せられるのだろう。
目が離せないのだろう。
「炭や灰になったおまえなんかに興味は無いぞ」
「オマエの興味なんかにオレは興味ねー」
彼が内包するのは自殺願望なのかもしれない。
それを止めることは恐らく出来ない。どれほど止めたいと願っても変わらないだろう。
ならば。彼が崩れ落ちるその瞬間まで側にいよう。
彼が燃え尽きようとするなら、共に炎に包まれたっていい。
「火遊びは、保護者の目の届く範囲でしてくれ」
「保護者ねぇ」
以前の自分の美しさを忘れ、黒く朽ちた姿で床に横たわる薔薇のように。
消し炭になったとしても彼と共にいられるのならきっと不満などひとつもないに
違いないのだ。
---短文にしてみよう計画。その@