---微妙に 06 極彩色の悪夢 の続きっぽい


結局のところ、俺は言葉なんて求めていないのだろう。
ただ、あいつが好きで。あいつを好きな俺という生き物をあいつが認めてくれていればそれでいいのだろう。






 思考の迷宮






「わかんねェ。いっくら考えてもわかんねェ」


ソファの上に行儀悪く片膝を立て、そこに額を付けてなにやら考え込んでいたJr.が呻くように呟いた。
俺はといえば、部屋の隅にあるキャビネットからウイスキーの瓶を取り出したところだ。氷を入れたグラスは Jr.のすぐ前にあるテーブルの上にすでに鎮座している。


「何が?」
「おまえだよ、オマエ」


栓を抜くとキュ、と小さく音がして芳醇な香りが立ち上る。トクトク、グラスに注いだ。琥珀色の液体。 すぐにJr.はグラスを取って、その純度の高いアルコールを一気に飲み干した。「おかわり」と空のグラスを 差し出すものだから反射的に液体を注いでしまった。それもまた、一瞬で彼の喉を流れ落ちた。


「そういう飲み方は体に悪いぞ」
「このままぐだぐだ考え事してる方が体に悪い。ほら、注げ」


せめてワインくらいのアルコール度数の酒にしておけばよかった。いくら酒好きとはいえ、Jr.の小さな体では あっというまに酒精がまわってしまう。どう考えたって、健康に良い訳が無い。俺は自分の分のグラスに半分 ほど液体を注ぐと、栓をして瓶をJr.の手の届かない位置に置いた。そして見張り宜しく、Jr.の隣に腰を下ろす。


「注がない」
「んだよ、ケチケチすんな」
「何を考え込んでいる?」
「あー」


タン、と硬い音を立てて、Jr.はテーブルの上にグラスを置いた。交代するように俺はまだ中身の残っている 自分用のグラスを取り一口含む。


「俺の何が分からないんだ?」
「何もかもだ!もー、おまえわけわかんねぇ」


自棄になったように叫んで、Jr.は体を伸ばした。そのまま、背もたれの上に頭を乗せて伸びたままにしている。
白くて細い首筋に、どうしても目が行ってしまう。
触れてみたい。(絞めてみたい)妙に攻撃的な欲望を押さえつけて、話の先を促した。


「おまえなんでオレなんか好きになんだよ?」
「あぁ、その話か」
「もっとさぁ、色々いるだろ?女でも男でも。おまえの金と顔で釣れるだろ?なんでオレなわけ?」
「それはこちらが訊きたいくらいだ」


顔の上に両腕を重ねているためか、声がいくらかくぐもっている。表情も見えない。酔っているわけではなさそうだ。 いつものJr.の口調。いくらか、余裕のない感はあるが。


「何故、おまえでなければならないのだろうな?」
「わかんねぇのかよ?」
「分からない。けれど、おまえでなければ駄目なようだ。俺はおまえが好きで、他の誰かでは駄目なのだよ」
「なら、なんで・・・・」




なんで、オレがおまえのこと好きじゃねぇッつっても、動じねえんだ?いつもどおりなんだ?
悲しくないのか?悔しくないのか?そんなんでおまえ、ホントにオレのこと好きなのかよ?




聞こえてきた声はやけに儚くて。あぁ、抱きしめたいなぁなどと不謹慎な事を思う。
深刻な顔をして何を考え込んでいたのかと思えば、俺のことを?不覚にも嬉しいなどと思ってしまう。


「おまえ、普通だし。涼しい顔して話かけて来るし・・・・オレばっか、気ぃ遣って、バカみてぇ」
「気を遣っていたのか?」
「・・・・・どんな顔してろって言うんだよ?」


あぁ、もうどうしようもない。愛しくて。どうして。腕の下から見える耳元が赤い。照れているのか?不器用な奴だ。


「おまえが気まずく思う必要は、ないと思うんだが?」


もっと困ればいい。もっと考えればいい。それが俺のことならば。これほど嬉しいことは無い。


「俺が勝手におまえを想っているだけだ。おまえは普段通りにしていればいいじゃないか」
「それができりゃあ、こんな悩んだりしねぇっつーの」
「どうしておまえが悩むんだ?」
「どうしてって、そりゃ・・・・」


言葉途中に、Jr.は声を止めた。そして頭を抱えるような仕種をする。



「オレ、どうして悩んでんだよ?」



そして、きょとんとした顔をして俺を見た。



「さぁ、俺には分からないな」



カラン、と。手の中で氷が音を立てた。俺は緩んでゆく頬をどうすることもできず、なんとも締りのない顔で Jr.を見ていた。
Jr.は、「あー、わかんねぇ、もう!」と叫んだ。かなり苛ついているようだ。俺はグラスを傾けた。ほどよく 冷えたアルコールが、優しく喉を灼いた。



思考の迷宮に迷い込んだ彼が導き出す答えを、待ち望みながら。





---楽しい。誰がってわたしが。