他人を好きになるということは、正常な神経ではできないのさ。
どこか、狂っているんだ。
極彩色の悪夢
「は?」
「聞こえなかったか?」
「・・あー、あぁ、よく聞こえ・・・」
「おまえが好きだ、と言ったのだが」
Jr.は2度顔を横に振ると、頭痛でも抱えているかのようにこめかみを親指で押した。
斜め下を見る視線。眉間の皺。うな垂れた肩。
そうしているとJr.はとても小さく見えた。普段とサイズは変わっていないはずなのだけれど。彼の堂々たる
態度と不遜とも取れる言動が彼を大きく見せているのだと気付く。
「・・・・なぁ、変なモンでも喰ったか?」
「いいや」
「酔ってるか?」
「素面だ」
理由を、探しているのだ。
俺の告白は俺が異常状態にあるために口走った世迷言であるはずだという証明を。残念ながらそんなものはないけれど。
「熱は・・・・」
「至って健康だ」
「じゃあ!」
「冗談でもない。血迷ってもいない」
俺を振り仰いだJr.の顔は、怒っているように見えた。
「アホかおまえ・・・」
「あぁ、阿呆で結構だ」
自分でも馬鹿なことをしていると思う。
頭の螺子でも外れてしまったのだろうか?
冷静に考えてみれば、俺が告白をして何のメリットがある?現状、Jr.の隣を定位置としているのは俺であって。
自惚れでなく彼の最優先が俺であることを知っている。世の恋人たちが望むような、互いに信頼し尊重しあい
共に歩いてゆく、そんな関係にあるのは分かっている。わざわざ言葉を求める必要は無い。
ただ、この理想的な関係は、恋愛感情の上に成り立つものではない。
それが厭だった。
だから想いを告げた。俺が抱くのは肉親への情へも友情でもない。もっと生々しい感情。
そんなのはJr.の知ったことではないだろうけれど“伝えたい”と思う。利己的な感情。決して美しくない感情。
隠していればいいだろうに。それを良しとしないのは公明正大でいたいからではなく、あわよくばJr.も俺と
同じ感情の中に貶めたいと願うからだ。
現状で満足しておけばいいじゃないか。思えど一人歩きをし始めた欲望に俺は屈した。そもそも抵抗する気
なんかなかった。
「・・・・どうしたいんだ?」
「触れたい」
全部、捨ててしまってもいいと思えた。
ただ触れたかった。目の前でしかめっ面をしている赤毛の少年に。温もりを感じたかった。腕に閉じ込めて独り占め
にしたかった。
触れられぬまま、この先ずっと過ごすのは御免だ。
欲しいのは大義名分。
Jr.に触れる自由。触れられる権利。特権。それを俺に与えて欲しい。
「駄目か?」
伺いを立てる。
「・・・・言っとくけどな、オレは、おまえに、愛だの恋だのそういう感情、持ってねぇぞ」
「知っている」
「いいのかよ?」
「いいさ」
欲を言うのなら。愛されたい。
でも。それよりも。彼を愛していいのだという許しを与えて欲しかった。
「俺はおまえが好きだからな」
「なら、好かれたいって、思わねぇのかよ?」
「思うさ。でもおまえの気持ちより俺の気持ちの方が重要だ」
手を伸ばして。頬に触れた。Jr.は俺の眼をじっと見て微動だにしなかった。
抱き寄せたら。何の抵抗も無く小さな体は腕の中に収まってくれた。
力を込めて、強く抱く。じんわりと伝わってくる暖かさに溜息が漏れた。
「・・・・・ジコチュー野郎」
「自覚はあるよ」
眼下にある赤い髪に顔を埋めた。「くすぐってぇ」と、初めて抗議らしい抗議が聞こえた。けれど、
Jr.は俺の体を退かそうとはしなかった。彼らしくないくらいに大人しくしていた。
「あー、悪い夢でも見てるみたいだ」
「確かに、悪夢だな。何が楽しくておまえなんかに惚れなきゃならないんだ」
これが夢なら、総天然色の美しい夢。溺れて、二度と目覚めたくない。
けれど、これは現実だ。
「テメェが言うな」
その証拠に、Jr.に手加減なしで踏みつけられた足の甲が痛い。
---告白劇を書きたかっただけなのです。