寝るのか?一日が終る間際に、半ば眠りの世界に足を踏み入れたような形相のガイナンに訊ねてみた。
まだ起きているつもりなら、3時間したら起こしてくれ。
至極眠そうな声で答えて、それっきり。後はすぅすぅという規則的な寝息しか聴こえてこなくなってしまった。





 眠りの森





「起こさなくてもテメェで勝手に起きるだろ、いつも」


スーツの上着を脱いだだけの格好で、枕を抱え込むようにしてうつ伏せで寝入っている黒髪の隣人。
宵っ張りの上、警戒心が強いのか何なのか知らないけど滅多にオレより先には寝ない奴が、シャワーも着替えも すっとばしておやすみ3秒?どれだけ疲れてんだよ?どれだけ働けば満足だ?

休めと言ったところで、仕事を加減する事を覚えろと言ったところで。本人は聞き入れないだろうし先ず周りが それを認めない立場にある。仕方ない。そう言って笑うんだろ?俺は大丈夫だ。そう言ってオレを蚊帳の外に 追いやるんだろう?

オレだって、おまえと同じだけの権限を与えられてるんだ。おまえの仕事を肩代わりして不都合なんてないんだ。 それなのに。おまえは「管轄が違う」とかわけわかんねェ適当な理由をでっち上げてオレに仕事を回さない。


「働きすぎなんだよ」


普段から、睡眠時間が長く取れる生活じゃない。今日にしたって寝れるだけマシというところだ。 決算期になると文字通り、寝ている暇などなくなってしまう。
一気に深い睡眠に入ってしまったガイナンは体内時計が起床を告げるまで何をしようが起きないだろう。 それをいいことに、頬をつついたり髪を引っ張ったり。起きている時には出来ない些細ないたずらを緩慢に 繰り出してみる。反応は無い。すぐに飽きた。


「ったく、オレだってなぁ、おまえの仕事手伝うぐらいできるんだぜ?」


確かに、経営方面のことについてはオレはガイナンほど明るくない。向き不向きってやつだってある。 オレは外を飛び回ってる方が性に合ってるから、今の仕事がオレに向いてる仕事で。元から駆け引き事の得意な ガイナンが経営してるって役割分担は間違ってない。
でもオレはこっちに帰ってきて整備がひと段落ついたら結構時間に余裕が出来る。その間くらい、手伝わせて くれたっていいのに。邪魔者扱いされるだけで重要書類のファイルのパスワードは奴のみぞ知る、だ。 いや、重要度に関わらず端末をいじろうとしただけであいつは渋い顔をする。そんなにオレ が信用なら無いか?問い質そうものならしれっとした顔で「そんなことないさ」。それで終わりだ。


「なーんだよ、このシワ」


ガイナンの横に寝転がって、同じようにうつ伏せになって。半分以上枕に埋もれてしまっている寝顔を盗み見た。
眉間に寄った皺。お世辞にも可愛い寝顔とは言えない。むしろ妙に辛そうというか。少なくともリラックスしてる 人間の顔じゃない。


「少しは甘えるぐらいの可愛気があってもいいんじゃねぇの?」


あー、可愛くない。ともう一度いって。ごろんと寝返りを打った。ガイナンの方を向いて半身になって。 首に抱きつくようにして頭を撫でた。背中を撫でた。子供をあやす仕種に似てるなぁなんて思いながら。 子守唄なんか歌ってやりたくなった。残念ながらそんなもの知らないけれど。


「よく寝ろよ」


この眉間の皺が少しでも薄くなればいいと思ったんだけど。やっぱりガイナンは渋い顔をして眠っている。 見る限り安らかな眠りとは程遠いような。こんなんで疲れとか取れてんのかな?少し不安になる。



眠れ、眠れ、安らかに眠れ。ひとときの安息を。願わくば優しい夢を。幸福な夢を。



額を寄せて、祈った。
それくらいはさせてくれ。祈るくらいしか今は出来ない。そうだ、今度子守唄でも覚えてこようか。おまえのために。 そう言ったら、おまえはどんな顔をするかな?想像するだけでちょっと楽しい。



どうか、どうか。安らかな夢を。


どうか、どうか。安らかな眠りを。






---ウチの赤黒はよく寝る。