俺はお前に囚われている。(これは本当)
お前がいなけりゃ生きていけない。(これは嘘)

だから、お前を捕えて鎖に繋いで。いつでも手の届くところに置いておきたいのさ。(紛う事なき本音)





 甘い嘘





「・・・いって、コラ、おまえ今噛んだだろ?」


腕の中でJr.が身じろぎした。
歯を立てていた首筋から口を離すと、そこにはくっきりと残った赤い痕。


「こうでもしないと痕が残らないだろう?」
「残さなくてイんだよ」


普通にキスマークを付けたのじゃ、次の日にはきれいに消えてしまう肌。
だから俺は、少しでも長くその肌に痕跡を残していたくて。よりきつく痕を付けようとする。


「最近クセになってんぞ?」
「何が?」
「噛むの」


不満そうに言って、Jr.は腕の中から逃げてしまった。
少し距離を置いて、床に落ちていた上衣を身につける。シャツを着ても俺の付けた後が見て取れて、小さな満足を 感じた。


「どうしたんだよ?」
「・・・・どうもしないさ」
「前はンなことしなかっただろ?」


痛むのか、その痕に手を添えて。
責めるような口調ではない。どちらかといえば心配したような口調でJr.は問うた。


「気分の問題かな?」
「はぐらかすんじゃねぇ」


問い質す声。逃げる事を許さない目。あまりにまっすぐな気性。
すべてが、俺を捕えて、がんじがらめに縛り上げていく。身動きがとれなくなる。


「・・・・印を、残しておきたいんだ」
「なぜ?」
「愛してるからだよ、お前を」


それは嘘。
俺からお前に向かう感情は、執着。

睦言を囁くのも、体を重ねるのも。お前を捕えておく為の手段にすぎない。たとえひとときだとしても。 お前を独占する為の手段にすぎない。

ただ、俺は。
お前に側に居て欲しいだけだ。
一人にしないで欲しいだけだ。


「お前がいなければ、呼吸さえ覚束ない」


嘘をまた重ねる。
本当は、俺はひとりでも生きていける。
お前がいなくても、生きていくだけの力はある。知っている。
知っているけれど、嫌なんだよ。ひとりで居るのは。
駄々をこねる子供と同じ。理屈じゃない、感情論。


「お前は、俺のものだと言いたいんだよ」


これは嘘ではない。
けれど叶わない希望。
Jr.はJr.だけのもの。他の誰の所有にもならない。
俺が、俺だけのものであるように。


「俺は、お前のものだから」


それでも、この口は。
俺の所有をJr.に預ける。
嘘が重なる。


「・・・・愛?」


常より幾分低い声がした。
Jr.は泣きそうな顔をしてこちらを見ていた。


「愛ってなんだよ?」


知らない。

俺がお前に抱いているのは執着だけだから。
お前を捕えたくて。それこそ、首に縄をつけてでも傍に置いていたいと浅ましく願う、気が狂いそうな程の執着 だけだから。

昔から感情を表現するのは得手ではない。
だから、本音を言う事なんて到底できない。

ただ、人の世で生活する間に覚えた“愛の言葉”だけは。
するすると口をついて出てくる。
愛の意味など知らなくても。愛の言葉は囁ける。


「・・・・そんなモン、知らねぇ」


同感だよ、Jr.。


「悲しいな」


でも俺は素知らぬ顔をして。
愛を理解しないお前に同情をする振りをしてみせる。


嘘で塗り固められる。
お前に対する嘘。
自分に対する嘘。




いつか、この嘘が本当になったらいいと思わないか?





いつか、この執着を愛と呼べたらいいと思わないか?







---本当は赤っ子のこと愛しちゃってるのにさ!理事は素直じゃない理屈屋だといい。