犯した背負いきれぬほどの罪。
暴き立てる鮮烈な光。
太陽。
壊れちまえ。



 太陽が落ちた日





「目が覚めたかい?」
「・・・・・・・・」

目が覚めて最初に目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井と誰のものだか判らない声。けれどどこかで聞いた憶え があるような気がする、とルベドは思った。
体のあちこちが痛む。指先ひとつ、満足に動かすことができない。

「何も心配することはないよ。ここには君を傷つけるものは何もない。安心して」

それでもなんとか体を起こすと、傍らにいた声の主の顔が見えた。
穏やかに微笑んでいる人物。その顔には見覚えがあった。
あの、血の匂いに満たされたミルチア。助けを求めて彷徨っていたあの時。 救いの手を差し伸べてくれた、人。

「僕が分かる?」
「あぁ」

ルベドが答えると、彼は銀色の髪を揺らしてにこりと笑った。

「ドクターを呼んでくるから、おとなしく待っていてくれるかい?」

どこか優雅な所作で椅子から立ち上がるその人物の手を、ルベドは慌ててつかんだ。同時にそこいら中が痛みを訴え たが、構っている場合ではなかった。

「・・・・っつ」
「あ、無茶しないで」
「ちょい、まち。なぁ、ききたいこと、あんだ」
「何?」

途切れがちな上にかすれてしまっている声は聞き取りにくいだろうが、ルベドの口元に耳を寄せて言葉を受け取ろう としてくれる。
その行動に、本当に彼には害意はないのだ、と今更ながら理解しながら、ルベドは必死に声を絞り出す。 喋る、という動作にここまで苦労したのは始めてだ。

「ニグレドは・・・・オレと一緒にいた、黒髪の・・・・」
「あぁ」
「ぶじ、か?」

指先が震える。でもこれは痛みのせいじゃない。
声が震えるのも、息を飲むのすら苦しいのも、痛みのせいなんかじゃない。

「うん、元気、とはいえないけど。無事だよ」
「会えるか?」
「それは、君たちがもう少し元気になってから、ね」

ルベドを震えさせているものの正体は、恐怖。

「そ、か」

無事だ。その言葉に体中の力が抜ける。ぽす、とベッドの上に体を倒すとまたあちこち痛みが走ったが、そんなこと よりも兄弟の―――守りたいと願った人の無事に、只々安堵した。
脱力したルベドの指をやんわりとした動作で外して、銀髪の少年は部屋の外へと出て行く。後姿を見送って、ルベド は目を閉じた。

目を閉じた先の闇。そこに見える精神の連鎖。この鎖を手繰ればたどり着けるはずだ。
同じ鎖で縛られた、兄弟の意識へと。

―――ニグレド

恐る恐る、呼びかける。返事はない。
胸のうちに焦燥が生まれる。
無事だ、あの人はそう言った。だから生きているはずだ。

―――ニグレド

その言葉を信じたい。
でも返事はない。
不安が襲い来る。
本当に、生きている?
ここにいる?

―――ニグレド!
―――・・・・・うるさいよ、ルベド

応えが、あった。

―――良かった!無事だったんだな!
―――あんまり強く声飛ばさないで・・・これでも重症なんだ
―――あ、わり

ニグレドは生きている。
それを確認できたこの瞬間に、ルベドはようやく生きた心地を思い出した。

―――・・・・よかった・・・ほんとに、よかった・・・生きてた
―――あれ?ルベド泣いる?
―――ば、っかやろ、誰が泣くかよ!
―――うるさい
―――・・・・ごめん

元はといえば、自分に全ての原因がある、とルベドは自責の念に苛まれた。
あの戦火の中、ただ逃げ延びることだけを考えて戦って―――殺しあっていた時には。 この争いの原因が自分にあるなんて後悔する余裕すらなかった。それが、身の危険が去った今、覆いかぶさってくる。

自分が精神連鎖を断ち切らなければ。
臆さず、対存在との衝突を甘受できていたら。
土壇場になって、対存在に――ウ・ドゥに恐怖を感じなければ。逃げ出さなければ。
全て安寧のままに終っていたかもしれないのに。
その結末が死であったとしても。安息の中にいられたはずなのに。

―――ごめん
―――なにが?
―――オレの、せいだ
―――だから、なにが?
―――オレのせいでみんな死んだ・・・みんな壊れた・・・オレが殺したも同然だ

ニグレドを苦しめたのは自分だ。
兄弟たちを汚染させ、殺し合わせてしまったのも、自分のせいだ。
なのに、こうして生きている。満身創痍だとしても、生きている。
それを嬉しいと思う。
みんな死んだのに。
ニグレド一人だけを助けて、その生存を喜んで。少しでも罪悪感を和らげようとしている。
助けたひとつの命。奪った数え切れない命。天秤にかけることは出来ないけれど、ひとつの慈善が全ての罪を 帳消しにする免罪符にはならない。

―――違うよ、ルベド。
―――え?
―――ルベドは俺を助けてくれた・・・・ありがとう

どうして責めない?罵らない?
咎人であるはずなのに。大罪を犯したのに。

―――俺は生き残れて嬉しいよ。こうしてルベドと話せて嬉しいよ
―――ニグレド?
―――ありがとう

涙がこぼれた。
注ぎ込まれてくる暖かな精神に。
赦された気になっている浅はかな自分に。

―――ルベドは悪くない
―――違う、全部、オレのせいだ
―――ルベドは悪くないよ。ルベドが何かしたって、証明できる人はもう誰もいないんだから・・・俺以外には誰も

囁くように語り掛けるニグレドの声に。

―――だから、俺が黙っていれば誰もルベドを責めないよ
―――おまえ・・・
―――ルベドは悪くない。悪くないよ。ルベドを責めてるのはルベド自身だけだ

まるで、子供の言い訳だ。そんなレベルで片付けられる問題ではないのに。
けれど。他のどんな慰めよりも。
秘密を共有する、という新たな罪悪感の存在が、ルベドの後悔を緩和してくれた。
ごまかしに過ぎない。
新たな罪を抱えることで、他の罪を見て見ぬふりしているだけに過ぎない。
罪は消えない。
他の誰が無罪放免を謳っても、ルベド自信が己を赦せない。

けれど、気休めにはなった。
その気休めが、今はありがたかった。

―――ルベドは悪くない。はい、復唱
―――・・・・・オレは、わるくない
―――そう、ルベドは悪くないんだよ

チャチな暗示のように、何度も繰り返した。
そうでもしないと、自責の念で死んでしまいそうだ。

だから、今だけ。今だけでいい。
誰も、罪を暴こうとしないで。
自分の罪を受け止められるだけ、強くなるから。それまで秘密のままにしておいて。

太陽がその光で真実を照らそうとするなら、撃ち落として。

秘密のままに――――





------最初から強くはない、と。筆者の性格の悪さが出てて鬱ですね、ごめんなさい。