真夜中に扉を叩く音がした。
ノックなどという古風な事をしでかすのは、彼の知る限りただ一人で。
その人物がこんなに控えめな自己主張をする時は、己にやましいところがあるのだ。
真夜中の繰り言
プシュと空気の抜ける音がして、その扉は開いた。閉ざされていた入口の向こう側にいたのは、やはり彼の予想
どおりの人物で、顔をうつむかせて赤色のうなじを彼に向けて立っていた。
「どうしたJr.、こんな時間に?」
「なんでもねーよ」
「なんでもないのに、お前はわざわざこんな夜中を選んで俺を訪ねるのか?」
過去に何度、同じ問答をしただろう。
くだらない繰り言だ。彼は思う。
「中に入れろ、ガイナン」
「仰せのままに、兄上」
Jr.がやってきた理由を、ガイナンは知っている。理由、むしろ目的と言うべきか。
知っていてなお、知らぬふりを通すのだ。
おどけてギャルソンのようなしぐさで室内に誘うと、Jr.は苦虫を噛みつぶしたような顔で一瞬ガイナンをにらんだ。
「それで、一体なんの用なんだ?」
Jr.はガイナンの前を横切って、部屋の中央付近に置かれた応接セットのテーブルに腰をかけた。
やれやれ、といった様子でそちらに向かうと、背後でドアの閉まる音がした。
「アルベドに会った」
「知っている。それで?」
ソファに座ると、目線はJr.のほうがわずかに上。
分かりやすく落ち込んでいる顔を見上げ、話の先をうながすが、Jr.はなかなか口を開こうとはしなかった。
「どうした?」
訊ねると、彼は小さく首を振って、それ以上の問いを避けるように。(答えられない自分を誤魔化すように)
ガイナンにくちづけた。
最初は唇に。
それから額に。まぶたに。頬に。鼻に。そうしてもう一度、口に。
噛み付くようにキスをして、Jr.はわざと音を立てて唇を離した。
ガイナンの首に腕を絡めて、耳元で囁く。
「ヤらせろ」
答えを待たず、Jr.はガイナンの喉元に顔を近づけ、口できっちりと閉じられたシャツのボタンを外していく。
ひとつ、ひとつ。徐々に暴かれてゆく肌。
「横暴だな」
けれど、その手は、態度は拒絶を示さずソファの上に投げ出されたまま。なすがままに。
―――好きにするがいいさ
頭をソファの背もたれにあずけて思い描いた言葉は、果たしてJr.に届いたのだろうか?
別にどちらでも構いはしない。
何度も繰り返されてきたことだ。不安定な精神、鬱憤、負の感情、それを解消させるのに効率のよい手段だ。
溜まった毒を抜けばいいだけのこと。
誰かの体を介して。
彼らには子孫を残す種はないけれど、遺伝子に刻み込まれた雄の本能は存在する。
支配欲。征服欲。
それを満たす手段は持っているのだ。
「ガイナン・・・ガイ、ナン・・・」
熱に浮かされたように繰り返される言葉。
ガイナンは上の空で聞いていた。
こすれる肌と、快感とも呼べる感覚と、間近にある熱と吐息。
全部を他人事のように感じていた。
茶番だ。くだらない。
体を揺さぶられながら思った。
くだらない。無意味だ。後に残るのは虚しさだけなのに。
それでもガイナンは体を開くだろう。この先何度でも。Jr.が求める限りは。
たとえ、彼が本当に欲しているものが別にあっても。代用品でもいいのだと自分に言い聞かす。
「ルベド、愛してるよ」
普段の呼び名とは違う名前を、普段の声色と少し変えて呼ぶ。
Jr.は、はっとして顔を上げて。ガイナンの姿を認めると、泣きそうな顔になった。
残酷だ。
Jr.の目の前に真実を、彼が目を逸らしたがっている真実をつきつけた。最低の方法で。
Jr.の求めるもの。
ガイナンと同じ顔と、同じ声をしたもの。そして似て非なるもの。ここにはいないもの。
「ふ、ざけんなよ、ガイナン」
「あいつの物真似は不満か?」
「あぁ・・・不満だね」
Jr.がより一層深くまでガイナンを貫く。
そうして至近距離で笑った。
「俺が抱いてんのはおまえ。・・・あいつじゃねぇ」
「そう、か?本当に?」
「くだらねぇこと、言ってんじゃ、ねぇよ」
そして、行為にだけに熱中していった。
嘘つき。
体はこれ以上ないほど近く深く繋がっているのに。本当の心は、意図は。隠したまま。
Jr.の背中に腕を回さないのはガイナンの意地。
ガイナンを求めるふりをするのはJr.の意地。
くだらない。三流の喜劇だ。少しも笑えやしない。
『愛している』たったそれだけの事を言えないガイナンも。
果てる瞬間に、違う誰かの名前を呼んでしまうJr.も。
少しも、笑えやしない。
不毛な茶番劇だ。
------このくらいならR指定はいらないと思うのですが..........どうなんだろう。