水平線に日が沈む。
太陽を飲み込んで海が死ぬ。
世界が夜という名の死に、閉ざされる。
死んでしまった海に
「世界は太陽と共に命を沈めるのだ、と日没を喩えて言ったのは誰だったか」
気紛れに立ち寄った惑星で、彼はどこまでも続く水平線に沈む夕陽を見た。
そうして、ふと思い出したのだ。ずっと昔に読んだ記録。その中の一節を。
―――さて、知らんな
「博識な代表理事殿もご存じないか」
まぁ、そんなことどうでもいいさ、と。アルベドは眼前に広がる海原に目をやった。
死に際の太陽が世界を血の色に染めてゆく。その光景は彼の嗜好によく合った。
―――突然、精神連鎖を繋げてきたかと思えば・・・・そんな事が訊きたかったのか?
「うまいこと言ったもんだよなぁ」
―――用はそれだけか?
「なんだ、俺とは話をしたくないのか?相変わらず冷たい奴だな、ニグレド」
こんなに気分がいいのは久々なんだ、と。アルベドは笑う。
表情は酷く穏やかだ。彼自身、こんなに静かな気分になったのはいつ以来なのか思い出せないほど。
遠い昔。
赤と黒の髪の兄弟と共に生きていた頃は、時折訪れていた精神の静寂。
忘れて久しい感覚に戸惑いすら覚える。
「血塗れの世界が漆黒の闇に覆われ浄化される。天空に浮かぶ白色の月がそれを照らす」
―――赤と、黒と、白・・・か。
「俺たちの色だ」
―――決して共存し得ない所まで同じだな
「そうだ、その通りだな」
紅の色がくすんでゆく。黒に閉ざされてゆく。徐々に、徐々に。
太陽の死に水を取るように、海の果てが光の残滓を宿してわずかに輝いている。それももう間もなく消える。
そうして世界は死んでゆく。
再生までの時間を闇の下で静かに待つのだ。
―――世界は日が昇ればまた甦る。何もなかったかのように、また一日が始まる。
「俺たちも、何もなかったかのように敵意をぶつけあう」
―――そうだな
「せいぜい楽しもうじゃないか、なぁ兄弟」
永遠に連なってゆく、昼と夜との繰り返し。結末はどこにある?確かに存在するはずのエンドロール。
もうすぐたどり着けるはずだ、アルベドはその瞬間に思いをはせる。
死ねぬ体。壊れても再生する肉体。この纏いを抜け出せたなら、どれだけ悦いだろう?どれほどの痛みと快感が
押し寄せるだろう?舌なめずりをして、その時を待つ。
「ルベドにも言っておいてくれないか。いい加減、俺を殺す決意をしてくれってなァ」
―――云いたければ自分で云え
「何度言っても分かっちゃくれないんだよ、わからずやのおニイちゃんはね」
―――俺は知らん
「相変わらずの過保護ぶりに涙がでるぜぇ」
太陽の残した赤が完全に海に沈んだ。
世界に残されたのは黒と白。
「じゃあ、おまえが殺してくれるのか?」
―――知らん。死にたければ勝手にすればいいだろう
「俺に冷たいのも相変わらず、か。泣けるねェ」
残された黒と白は、再生の赤に焦がれる。
全てを塗り替えてゆく夜明けの光。暴力的なまでに絶対的な存在に。
―――だが、あいつがお前の事で苦悩する姿は見たくはないな
「大したブラコンぶりだ!」
―――お互いさまだろう?
「はっ、違いない」
始まりも終わりも、赤の光に委ねて。
世界は眠りにつくのだ。
死んだように静かに凪ぐ海が、その顛末を見守っていた。
------赤アイドル。