夢路から来るは、残酷なまでの幸福の肖像。



 夢に眠る




「ルベド、ニグレド。暇だろう?俺に付き合えよ」
「なんでせっかくの休日をおまえなんかと一緒に過ごさなきゃなんねぇんだよ」
「つれない事を言うなよ、ルベドの好きそうな骨董屋を見つけてきたんだぜ?」
「それを早く言え、アルベド。ニグレドも当然付き合うよな?」

白髪の青年。彼が傍らにいるのは当然のことだ。日常の一部。息をするのと同じ。彼がいない生活など想像もつかない。

「ついでに一杯やってくか?」
「昼間から酒とは感心しないな」
「堅ぇこと言うなって」

仕方ない、と肩をすくめる漆黒の青年。彼が側にいるのも当たり前のこと。
いつだって3人で一緒に。深紅の髪を持つ少年はそう確信している。この光景が永遠に続いてゆく事を。

アルベドがルベドの頭を小突いて楽しそうに笑う。
ルベドは不満そうに頬を膨らませて、自分より頭二つ分は背の高いアルベドに食って掛かる。
それを呆れたような、けれど優しい目でニグレドが見ている。浮かぶ笑みは穏やかそのもので、辺りの空気から 幸福が香ってきそうな―――

(あぁ、夢か)

昔は少し臆病で甘えたがりだったアルベドは皮肉屋に成長して、昔から冷静で落ち着いた雰囲気だったニグレドは 沈着な大人になった。(ルベドは子供のままだけれど)
髪の色以外は全く同じとも言える外見をした兄弟。(昔はルベドも併せて三人そっくりだったのに。ルベドは成長 出来ない自分を少し残念に思う)少々特殊な力は持っているものの、争いのないこの世界では活用の場もなく 日常生活をする分には普通の人間となんら変わりない。
良く晴れた休日の昼下がり。街は活気付き、人々の顔には笑みが。
彼らもこの街に馴染み、時折すれ違う知己と挨拶を交わしつつ大通りを行く。

「こんな時間にやってる店なんてあるのか?」
「とっておきがあるんだ、なあルベド」
「秘密だぜ?隠れた名店、ってやつなんだからよ」
「・・・お前らの情報網を侮っていたようだな。俺もまだ修行が足りないか」

並んだ歩調。連なる三つの靴音。
限りなく同一に近い遺伝配列を持って生まれた三人の奏でる、三つの違うリズム。それは言い表しようのない心地よさ をもたらす。

(そんな感覚、ずっと昔に忘れちまったよ)

傍観者は目の前に突きつけられた幸福に目を逸らした。
その途端に、辺りの景色は霞み、賑やかな人々の声が次第に遠ざかってゆく。

代わりに映し出された景色は天井だった。

「・・・・・とんだ悪夢だな」

体を起こして呟き、深紅の髪をかきあげる。夢から覚めた“傍観者”はベッド脇の窓に映った自分の姿に苦笑した。

「なっさけねぇツラ」

その姿は、夢の世界で楽しそうに笑っていたルベドの姿だった。浮かぶ表情は随分と違うけれど。
溜息をひとつ落として、彼はもう一度寝台に倒れこんだ。

「アルベド、ニグレド、ルベド・・・か」

思い起こす、夢にみたビジョン。現実にはまずないシチュエーション。
ニグレドは今はガイナン・クーカイと名を変え、巨大企業クーカイ・ファウンデーションの代表理事として忙しい毎日を送って いる。
アルベド・・・・彼は今どこにいるのだろう。ただ分かることは、今の彼とは敵同士としての立場にあるということ。
そして、自分自身。
ルベドという名は捨てた。
ファウンデーションの理事としての地位は与えられてはいるものの、成長しない子供のままの外見では表立った行動 を堂々とするわけにもいかず、主に裏の仕事(宇宙を飛び回る怪物退治の旅だ、と彼は自負している)に奔走する 毎日。

ガイナン・クーカイ・Jr.。

もうこの名前に慣れて久しい。ガイナンの名前を呼び間違えることだってもうない。もっとも、名前を変えた当時は なかなか覚えられなくて苦労したのだけれど。

夢。それは願望の現われだという。
女々しい願望だ、と。Jr.は情けない気持ちで一杯だった。
絶対に叶うはずがないのに。(また三人で一緒に、バカやりながら暮らしたいだなんて)
願ったところで、何が変わるわけでもないのに。(オレは今でもアルベドを説得したいと思っている)
諦めて、決別をしなければならないのに。(無理なんだ、何もかも)

アルベドの望みが叶えば、世界は滅びるかもしれない。
オレはオレとガイナンを保護してくれたヘルマーのおっさんの要請で動いてる。つか、オレだって死にたかねぇから、 アルベドの暴走は止めなきゃなんね。
殺してでも。
死なない限りあいつは止まらないだろうから。(分かってるんだよ)
でも、オレは躊躇する。あいつが何をしたって(惑星を消したって、どれだけ人を殺したって、仲間を傷つけたって)オレはきっと躊躇しちまう。


「殺せるかよ・・・・だって、おまえは・・・」



おまえはオレの半身だろう?



Jr.は両手で頭を覆った。何度も何度も繰り返した自問自答。どうしても答えが出ない。
けれど、決断の時は、刻一刻と近づいていた。現実は容赦なく押し寄せてくる。その奔流を止めることは出来ない。


夢の中だったけれど、お前と一緒に過ごせて楽しかった。


そう割り切って銃口を相手に向けられたらいいのに。
幸せな夢は残酷なまでに、決意の固成を阻む。