「太陽って、どんな色をしてるんだろう」

今日の月には薄雲のフィルターがかかっている。
ぼんやりとしか地上を照らしていない。
けれどそいつは眩しそうに空を見上げて言うんだ。

「教えてくれないか」

見たことのない、太陽に焦がれて。










おばけ屋敷の女主人










「ただいま」


夜更けも夜更け。野良猫すら寝ちまってんじゃないかってほどのド深夜に、オレはようやく 家に帰り着いた。
アカデミー卒業したての新米下忍に与えられる任務なんてどうせ雑用に毛が生えた程度のもん だろうと高をくくっていたが、どうやらこの世界はそう甘いもんじゃないらしい。 まぁ、将来的にはこのくらいの時間の活動が主になるはずだ。(親見てれば解る) 慣れていくのも必要なんだろう。眠いけど。


誰もが寝静まった夜中。灯りのない我が家。


「あ、おかえりなさい」


返事なんかこれっぽっちも期待してなかった帰宅の声に、なんで返事があるんだよ?
しかも知らない声。
その声の主は真っ暗な玄関先に座っている、見知らぬ女。


「よう、シカマル。遅かったじゃねえか」


と、ウチの親父。


「ああ、すげえねみぃ・・・・・・つーか、きいてもいいか?」
「なんだバカ息子」
「こんな時間に客かよ」


こいつ誰だ、とか訊きたかったが。初対面の人間にさすがにそれは失礼かと思って言うのを 辞めた。
それに、こんな非常識な時間の客人だ。まっとうな客じゃないかもしれない。同業者、つまり 忍だと疑うのが筋だ。仮にそうだとしたら、うかつに素性を尋ねるのはマズイかもしれない。


「お前、お隣さんの顔も知らねぇのか?呆れた奴だ」
「隣だぁ?」


ウチの隣といえば・・・・鹿の放牧場と・・・反対隣に、年中窓閉めっぱなしカーテン 引かれっぱなし、人の住んでる気配なしの黒壁の古い小さな家。


「まさか、あの黒い家・・・」


通称・おばけ屋敷。ガキの頃にはよく肝試しのコースに入れられてたな。
『おばけ屋敷の周りをぐるっとまわって帰ってくること』とかって。


「そのまさかだよ、シカマルくん」
「げ、マジで?」
「そう」


親父がオレを小突いて「失礼なこと言うなバカヤロウ」とか言ってるが、オレはびっくりして それどころじゃなかった。
生まれてこのかた、ずっとこの家に住んでるけど。あのおばけ屋敷に明かりがついてんの 見たことない。一度も。明かりどころか、生活の気配を感じた事だって無い。 空き家だと思ってた。その割には手入れがしてあるからおかしいなとは思ってたけど。


「こんな時間でなきゃ出歩いたりしないから、知らないのも無理ないけど。むしろ知ってたら お姉さん君を怒らなきゃならない」


謎の、おばけ屋敷の女主人はオレに笑いかけた。あんな屋敷に住んでる割には暗さの無い 表情だと思った。


「子どものうちは、よく食べよく遊びよく寝るのが仕事だからね。夜更かしはよろしくない」
「・・・・オレ、一応忍者なんでそうも言ってられないんすけど」
「ああ、もちろん今は違う」


あんなトコに住んで、こんな時間に行動するなんて。どう考えたって普通じゃないから オレはこの人の正体を知ってどっか身構えてた。けど拍子抜けしちまうくらい、この人 の言動は普通だ。


「下忍とはいえ里に認められた忍を子ども扱いしては君に失礼だからね。任務、お疲れ様」
「・・・・・ども」
「コラ、ありがとうございますくらい言えんのか?」
「・・・・・・・ありがとうございます」


オレと親父の会話にくすくす笑うのだって、そこらにいる普通の人と変わらない。
先入観ってやつが、ぼろぼろ剥がれ落ちてく。

あんな屋敷に住んでる人間だってことで、オレはこの人を偏見の目で見てた。知らずのうちに。
それがなんだか恥かしくて仕方なかったから、話題をそらす方法を探した。


「てか、なんで電気点けてねぇんだよ」
「・・・別に、いらねえだろうがよ。忍たるもの、夜目は鍛えておかねばならん」
「あんたも、忍?」
「いや、違う」
「なら・・・」


オレはすぐ手の届くところにある玄関灯のスイッチを押そうとした。


「待って」


が、その手を別の手がつかむ。
それは、さっきまで座ってた客人の手だった。忍ではないと言うには素早すぎる動きに、そいつ が只者でないことがわかる。



「灯りは遠慮したいな」



オレの手をスイッチから遠ざけてから、女は手を離した。
『なんで』と。オレは柄にもなく詮索の言葉を口にしようとした。けれど、そいつの表情を 見てそれは止めておいた。

そいつは、どこか悲しそうな顔をしていた。
笑っているけれど、無理して笑ってるのがみえみえだった。

そんな顔してる奴にあれこれ質問するほど無神経じゃない。


「・・・・それじゃ、奈良さん、私は帰ります。お邪魔しました」
「あ、あぁ。またいつでも来てくれ。歓迎する」
「はい、ありがとうございます」


それから、そいつは親父に一度頭を下げてオレの隣を通り過ぎた。
すれ違い際に、甘い匂いがした。憶えの無い香り。嫌いな匂いじゃない。
なのに・・・・・なぜか、その香りに少しの恐怖を覚えた。なんだか、怖い匂いだと思う。 理屈がどうこう、じゃない。本能とかそういうのがあの香りを恐れている。


(一体、なんなんだ・・・・)


「二人とも、おやすみなさい」


ガラガラ音を立てて、玄関の扉が閉じられた。
外からの月明かりも遮られて、より一層闇が深まった感じがした。


「さてと、寝るか」
「なあ、親父」


靴を脱ぎながら、オレはさっさと寝床へ向かおうとしている親父を呼び止めた。


「あいつ、何者だよ」
「言っただろ。お隣さんだよ、お隣さん」
「そういう事じゃなくて、あー、なんっつったらいいんだよ・・・」


夜に、それも深夜にだけ出歩く女。
灯りを嫌い、不思議な香りを身に纏っている。

―――おばけ屋敷の、主。

あいつは生きた人間なのか?(あいつはおばけじゃないのか?)

ばかばかしいけど、それが一番納得できる答えに思えた。
普通に生きてる人間なら生活感を外に洩らすはずだ。でもあの黒い家からはそれが感じられ ない。そんな不自然なことあるはずない。
でも、そんな幼稚な質問をしたら笑い飛ばされるに決まってる。


「あの子の正体を知りたきゃ、自分で訊くんだな。俺からは何も言わねぇ」


俺ァ寝るからな、と言って親父はオレを残して家の中へ消えていった。


「・・・・教えてくれりゃいいのによ」


ああ言った以上、親父はあの女に関する事を話すつもりは全くないだろう。無理に聞き出そう とすれば鉄拳制裁されて終わるのがオチだ。

知りたいと思うなら自分で調べるしかない。
どうでもいいなら、このまま捨て置けばいい。
どちらがより楽かなんて考えるまでもない。


「あー、めんどくせー」


なのにオレは、どうして知りたいと思っちまうんだよ。
面倒ごとは嫌いなのに。自分から面倒な方へ、足を突っ込もうとしてる。

本当に、めんどくさい。
どうして人間ってのは感情や好奇心にこうも振り回されてしまうんだろう。