「あんたなんか大嫌いだ」
それはオレを傷つける為に吐かれた言葉なのに、オレはどうとも思わなかった。
言った本人の方がずっと痛そうな顔をしていた。
そんな顔をさせちゃって、本当にごめんね。
キミにさよならを
「・・・・そう」
「だから、もう二度と会わない」
彼女の声は静かだった。怒りとか憎しみとかいう積極的な感情は見えなかった。
ただ静かだった。だからこそ、それは彼女の本心に他ならないのだと知れた。
これは宣告だ。迷いが無い。すでに決定した事項なのだろう。反論の余地なんかない。
「分かったよ」
「・・・・・随分と、聞き分けがいいんだね」
惰性で頷いたオレをみて、彼女はオレに嫌いだといった時よりもずっと、傷ついた
ような顔をした。胸の辺りを切りつけられたように。苦痛に顔を歪めた。
そんな顔をさせている原因は、オレ、なんだろう。きっと。
そう思うと辛かった。別れを告げられるよりも、ずっと。
「だって、もう決めたんでしょ?キミは一度決めた事を軽々しく覆すような人じゃない。
なら、何を言おうと無駄じゃない」
「無駄、か・・・・・そうか」
泣いて欲しくないと思った。オレが惹かれたのは凛とした姿だから。弱さを表すような
ことはして欲しくないと思った。
(泣かないで)
単なる願望か、これは。自分のせいで普段は涙とは無縁のひとが泣く。罪悪感を背負い
たくないだけかもしれない。
きっとそうだ。オレは利己的な人間だから他人の感情よりも自分の感情を常に優先してしまう。
「わたしは、あんたのそういうところが我慢できなくなったんだ」
「そういうところ?」
「すぐに諦めてしまうところ。無理だと決めたらすぐに退く。ひとは、それを
潔いと言うのかもしれないが・・・・」
彼女は泣かなかった。
オレはほっとした。
「・・・・わたしは、あんたに縋り付いて欲しかったんだ」
「どういうこと?」
「別れたくない、とか言って欲しかった。目に見える形でわたしを必要としてほしかった」
彼女は泣かなかった。
オレは気付いた。
泣かないんじゃない。泣くまいとしてるんだ。
「あんたは、何も求めない。・・・・気付けなかったんだ、今の今まで。
あんたは何かを求めて手に入れるんじゃない。勝手に腕の中に飛び込んでくるものを
拒まないだけだ・・・・だから、去るものも追わない・・・現に、わたしが去ってゆく
のを止めようとしない」
微かに震えた声。それを押さえつけようと、隠し通そうと途切れ途切れになる言葉
が痛々しい。
泣いてしまった方がずっとずっと、楽なはずだ。それをさせないのはオレの
存在。
プライドの高い人だから、男の前で、それも恋愛感情で泣くなんて許せないんだろうね。
ごめんね。泣けなくて苦しいよね。
「結局、わたしの一人相撲だったんだな」
彼女はオレに背を向けた。
小さな背中。オレよりもずっと小さな体。
「・・・・あんたは、一度だってわたしという個人を見ようとしなかった。わたしは
それが許せなくて・・・・くやしくて、悲しかった。あんたが好きだったから。
わたしを見て欲しかった」
今、何か言わなくちゃ。この次はない。
二度と会わないと言ったから。その言葉が覆ることはないだろう。
今を逃せば、彼女に伝えることはできない。(何を伝えるというんだ?)
何か、言うべきことがあるはずだ。
「今からじゃ、もう遅いの?」
「・・・・遅すぎるよ」
なのに、上手い言葉が出てこない。
「遅すぎだ。わたしはもう、あんたがわたしを見てくれるのを期待できない。もう待てない。
あんたを、信じられない」
彼女の隣にいて、息苦しいと思ったことはなかった。
そういう人はオレにとってすごく貴重で、だから側に居た。側に居て欲しかった。
オレはそれで十分だった。でも彼女にはそれじゃ足りなかった。
オレには何が足りないのかわからない。何がいけないのか、わからない。きっと、口先だけ
の言葉で彼女を引き止めても、彼女の望むようなオレになることはできない。
どこを変えたらいいのか知らないから。変わりようがない。
それじゃ、今彼女を引き止めれたとしても。また同じ苦しみを与えてしまう。
そんなのは嫌だった。
「・・・・そう。わかったよ」
もう苦しまないで。
(オレはもう、キミの前から消えるから)
「さようなら。わたしはあんたが好きだったよ」
去り際に聴こえた声に、胸が痛くなった。
「・・・・・・オレもさ、多分キミが好きだったと思うんだ」
(ただ、オレの“好き”はキミの求めるものと違いすぎたんだ)
彼女に聴こえないよう、小さくつぶやいた声。
もしも、もっと早くに彼女にこの言葉を届けることが出来ていたなら。オレは今でも彼女の
隣にいたんだろうか。
そんなの、いまさら考えても仕方の無いことだ。
終った事を悔やんでも、時間は決して逆には廻らない。
キミにさよならを。
キミを忘れるオレをどうか許してください。
キミも早くオレなんか忘れちゃってください。
オレからキミへ、最初で最後のお願いです。