男だとか、女だとか、愛とか恋とか、好きとか嫌いとか。単純に割り切れる二元論に囚われたくなかった。
そんなの関係ないよ、ぼくときみは親友だ。そう言って笑っていたかった。
あのとき、あの日々の中できみはぼくの光でいてくれたから。
ぼくはどうしようもなくきみに惹かれて、きみが必要で。きみの存在が大きくなりすぎて。きみなしじゃいられなくて。
だからぼくはきみを穢せなかった。
それがきみを傷つけていたなんて知らなかった。
色のない世界
『リーマス、君は本当に彼女のことが好きなんだね』
『否定はしないけれど、ぼくの思う“好き”ときみの言う“好き”に相違があるということだけは覚えておいてくれよ、
ジェームズ』
『どういうことだい?好きに種類があるとでも?』
『少なくとも、下半身で測る“好き”ではないね。きみの言う“好き”はその類のものだろう?』
『ひどい言い草だ!親友』
オーバーに両手を開いて天を仰いだ親友に「違うのかい?」と問えば、「違わない」と半笑いの答えが返ってきた。
年相応に抱く異性への感情。それを覚えなかったわけではないし、彼女がその対象になり得ないとは思わない。
正直に言ってしまえば。彼女はそういう対象として好みド真ん中だ。
考え事や書きものに集中している時に口を尖らせる仕種や、ケラケラと楽しそうに笑うのや、ちょっとしたことで
落ち込んでぼくにつむじしか見せてくれないことだって。可愛くてしかたないと思う。
リーマス。
名前を呼ばれるのが好きだった。
リーマス、今日はなにか面白いことはあった?
毎日起こる小さな事件を、夕暮れの図書館で話して聞かせるのが日課になっていた。
さして面白くもないぼくの話をせがんで、楽しそうに聞いてくれるから。ぼくは割り増し饒舌になってその日仕掛けた
いたずらの話や、ぼくや親友たちの失敗談なんかを語った。
柔らかに微笑んでぼくの声に耳を傾ける彼女が、なにより大切だと。夕暮れが来るたびに感じた。
大切だ。
他のなによりも。大事なひと。
そう思うからこそ、この感情を愛だとか恋だとかそういう低俗なカテゴリーに当てはめたくなかった。
恋愛の成れの果ては残酷だ。昨日まで甘い睦言を囁きあったことが夢であったかのように、次の日には他人の顔をして
すれちがうことも稀ではない。簡単に途切れてしまうつながり。時には憎悪すら生む厄介な感情。それが恋愛。
彼女とそんな三文芝居を打つのは御免だった。
『そんなに魔法薬学の教科書が憎いかい?』
『呪い殺したいほど憎いわ』
『バタービール一杯で家庭教師を請け負ってもいいけど』
『・・・・・晩御飯のラズベリー・プディングじゃダメなの?』
『好条件の価格提示だと思ったんだけどな』
まぁ、それでもいいよ、と。隣の席に座って彼女の隣からひとつの教科書をのぞき込む。かすかに香る、甘い匂い。
高鳴る鼓動をかきけそうと、ぼくは文字の羅列に見入った。
『宿題持参なんて、珍しいね』
『天文学とは少しばかり相性が悪いんだ』
『キミがポケットに隠し持ってるチョコレートで手を打ってもいいわよ』
回答の書き込まれたテキストと人の悪い笑みをちらつかせてぼくを見るきみ。
『内容は確かなんだろうね?』
『キミの魔法薬学程度には信頼できると思うけど』
『それなら信用してもいいかな』
『なんて自信!』
チョコレートと交換にテキストを受け取り、ぱらぱらと几帳面に書き込まれた文字を追えばパキンとチョコの割れる
乾いた音が静かな部屋に響いた。
冷静に考えてみれば恋愛感情に他ならない、きみへと向かう想い。
でもぼくは頑なに認めようとしなかった。
きみはぼくの光だったから。
どんな辛いことがあったって、きみがいればぼくは笑っていられた。
きみを失えば、この世界は常闇の底に沈む。
無明の闇。ぼくには慣れたものだったはずの世界。でも、きみという光を知ってしまった今、また闇の中に戻るのは怖かった。
『リーマス、私、キミが好きだよ』
『うん、ぼくもきみのことが好きだよ』
『・・・私とキミの好きは違うね』
『そう・・・かもしれないね』
親友としての親愛を貫こうとしたぼく。
それを越えていきたいと願ったきみ。
『きみはとても魅力的だけど、ぼくはきみを親友として好きなんだ』
『キミがとても魅力的だから、私は女としてキミを好きになってしまったわ』
自嘲の笑みを浮かべたきみを抱きしめたいと思った。でもぼくは恐怖にとりつかれていたから、きみを抱きしめることが
できなかった。
その次の日。
夕暮れの図書館には誰もいなかった。
夕陽はかび臭い部屋の中を真っ赤に染めた。
ぼくの目にはそれがモノクロームに見えた。