君は不器用だね、いつだったかそう言ったよな。
おまえだって、そう器用な方じゃないくせに。
制御不能
屋上に出て、見上げた空はどんよりと曇っていた。
雨が降りそうってわけじゃないが、晴れそうもない曖昧な天気。
そんな空の下で、女子生徒が一人、大の字になって寝転がっていた。
「よぉ、生きてるか」
それに向かって声をかけると、寝ていたとは到底思えないクリアな返答がある。
寝てなんかいない。こいつはいつだって。
「なんとか」
「そりゃよかった」
濁った空の下で目を閉じると、優しい闇が見えるから好きなのだと。いつだか言っていた。
薄いグレーの闇。白でも黒でもない中途半端な色が好きなのだと。オレにはよく分からない感性だけど
曖昧がいいと思う気持ちは分からないでもない。
「なにしてんだ?」
「別になにもしていない」
近づいていって、寝ている頭のすぐ上に立って。目を閉じている顔を見下ろす。
これだけ近づいても微動だにしないのが、存在を無視されているようで少し気に入らなかった。
「が、強いて言うなら・・・そうだな、寝ようとしていた」
「なんだよ、眠いのか」
「いや」
顔も、声も。大人というには少し幼さを残している。が、子供というには大人びている。
周囲の都合で大人にも子供にもなる、曖昧な年頃。本人ですら自分を大人と子供のどちらに定義すればいいのか
わかっていない。具合のいい方に自分を押し込めて、どうにか体裁を繕おうとしている。不様に。自然体で
いられればそれでいいんだろうけど。周囲も自分もそれを許さないのだからどうしようもない。強引に
どちらかにはまるしかない。多少、無理をしてでも。だから歪むのだ。不具合が生じるのだ。
「横になるまでは眠いと思っていた。けれど、目を閉じても一向に眠れる気がしない」
「ふぅん」
「でも、起きたら眠いんだ。だからこうしている」
このごろよく眠れないんだ、とつぶやいた声は、聴きなれたそれよりも覇気がなかった。
「原因は?」
「さあな。医者の言うところの“思春期のストレス”とやらがもたらす不安定とか、そういうものだろう。自覚はないがな」
「ふぅん」
「黒崎はストレスを感じることがあるか?」
「まあ、それなりに」
「自覚できるのか。それは偉いな」
「おーアリガトよ」
さして興味のある話題でもない。互いにきっと返事なんて期待していないし、そもそも返答がなかったとしても
お互いに気に留めたりしない。いてもいなくても一緒なのだ。きっと。
それでも、ひとりじゃないという事実が、現実が、少しでも彼女の孤独とか辛さとかを和らげる効果を持っていたなら
いいと思う。オレが今ココに、こいつの側にいることに何らかの意味があればいいと思う。
物憂げに伏せられてた眼がじっとオレを見上げた。視線が合った。まっすぐな視線には他を射抜くような力がある。
見つめあう、なんてのは体裁が悪いような気がするけどオレはなんだか目を逸らせなかった。
「あいかわらず綺麗な髪の色」
「悪目立ちするだけだ」
「綺麗な色だ」
「染めたりして隠す気、無ぇけど」
「そうか」
オレの髪の色がどうなったところで、こいつに実質何の影響もないはずだ。なのにどうしてそんなに眩しそうに
見るのだろう。嬉しそうに笑うのだろう。
オレの抱える異端は、間違いなくこの頭。
彼女も、オレの見えないところどこかに、人知れず異端を抱えているのだろうか。そう思わせる。同志のような
表情。秘密を共有しているような錯覚とシンパシー。
「つか、起きれば?」
なんとなく、手を差し出した。どうしてなのか良く分からなかった。
彼女は寝たいからそこに寝ているのだろうし、起きないのだから起きていないのだとそう思うし。どんな風にして
いようと彼女の勝手だとも思うのだけれど。お節介にもオレは手を出した。
「そう、だな」
黙殺されるはずのオレの手を、なぜか寝転んだままの気だるい表情の女はつかんで。なぜかオレはぐいっと
彼女を引き上げた。
隣に並んで立っても、やっぱり目線は(当然)オレの方が高くて。やっぱり見下ろすみたいな形になってしまうのだけれど。
寝ていた彼女と、そばに立っていたオレ。よりも。
並んで立つ二人。の方がずっと距離が近くてなんかいいんじゃないかと思った。